メンタルにゅーすVol.129

メンタルにゅーすヒエダ

待つということ

(当事者の状態・成長)

2013年  Vol.129

CIL(自立生活センター)下関発行

ピア・ハート下関(精神自助会) 編集 SAM

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FAX(083)-263-2688

E-mail  s-cil@feel.ocn.ne.jp

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 私は、精神の当事者として考えること、今だから周囲の福祉従事者・医療従事者、職場の上司・同僚などと立場を変えて接することができます。私は下関で統合失調症を抱えて覚知して生きてきて12年が経過しました。稗田病院を私の掛かり付けの病院として通院してちょうど13年目になります。この12年間は、私にとってドラマチックな一時でした。私のように精神の当事者は、病感から病識へと状態が良くなる当事者もいました。

別に私が病識があると得意がっているのではありません。私の状態は少しずつ落ち着いてきました。自分の頭のどこかが服薬することで、幻聴と妄想、現実と非現実がわかるようになってきました。当然、精神的に不穏だったのが少しずつ落ち着いてきました。次第に表情や言動が穏やかになってきました。そういう当事者は、精神科病院を退院して服薬と通院を守っている人が多く、安定して地域社会で生活しています。退院して私が思うことは病院では、服薬と安静にしていることが大切なことです。なぜか状態は落ち着いてきます。時々、服薬をしたように見せかけてトイレで薬を吐いている人、病棟の自分の部屋に戻り薬を窓から外に吐いている人を見かけます。入院している当事者は殆どが服薬しています。精神障碍者は怖いと健全者は言いますけど、通院して服薬を守っている当事者は怖くありませんよ。かえって、当事者は健全者の方が怖いといいます。健全者は、無遠慮な発言・行動を取ることに罪悪感はないのでしょうか。

 以前、稗田病院とは別の精神科病院で他の入院患者を見るとき医療従事者が頭ごなしにしゃべくりまくって、患者に何も言わせないことを目にすることがあります。ああ、あの看護師は、患者に嫌われるなと思って見ていました。患者に対する接遇がいくら穏やかでも、尊大な態度の看護師は患者に嫌われます。最近の若い看護師は、医療と福祉の考え方を勉強しているのか患者に対する接遇は気を付けています。また、看護師どうしで勉強会をしているのか、最近は接遇は看護師・医者も穏やかに対応しています。

 ほんの2030年前は看護師は患者に馬鹿にされないように頭ごなしに上から目線で下の人間として患者に対して尊大な態度でした。私も統合失調症に罹患してその接し方に慣れてしまい、当たり前で疑問に思うこともなかったですね。我々精神障碍者は、1990年代から、障碍者運動を始めてきました。昔から、誰が言っていたのか定かではありませんが、「精神障碍者は、行政交渉に行くと今日言ったことと昨日言ったことが違う一体何を言いたいのかわからない」と行政の人は言います。明らかに健全者が精神の当事者の意見を聴かずに交渉のテーブルから追い出していました。また、「精神障碍者は怖い、何をするか分からない、だから、一生精神科病院に入院させていればいい、地域の治安維持をするためにそうするしかない」と言っていました。私の経験では、当事者は服薬と通院を守っていれば、地域社会で穏やかに安定して生活していけます。凶悪な犯罪なども、警察に検挙された犯罪者のなかの0.20.6%くらいです。健全者の起こした犯罪の方が陰湿で凶悪で計画的に事件を起こしています。別に精神障碍者が健全者が起こす事件よりそんなに多い犯罪を起しているわけではありません。私がここで言いたいことは、健全者のイメージとして精神障碍者は、凶悪で怖いみたいです。しかし実は、当事者は、服薬と通院を守っている人が大部分で静かに穏やかに生活しています。怖くもなんともないですよ。安心してください。

私は、下関で統合失調症に覚知して、いろいろ精神関係のことを勉強しました。精神障碍者の差別や偏見を様々経験しました。それで、私は、健全者の精神障碍者への理解・認識を変えたいと思いました。また私は、健全者に伝える前に当事者に精神病のこと特に統合失調症のこと躁うつ病のことをニュースレターにして啓蒙してみようと考えました。

精神の当事者は、自分の話を聞いて欲しいのです。なんども同じ話をPSWや看護師が聞かされても、当事者は、自分の話を聞いて欲しいのです。それと、福祉従事者・医療従事者は、同じ話を聞かされてもそれが病気のせいで多弁・多動するのだからくらいの度量を持って接して欲しいと思います。人間、同じ話をなんども聞かされたら嫌になります。しかし、患者の看護・支援するのが仕事なので話を聞いてみれば当事者の新しい生き方のきっかけになると思います。また、彼らの生きていくためのニーズを把握していくことができます。また、当事者も話をするうちに自分の頭の中も整理されてきます。特に、長年期、入院している患者さんで外出することができなければ、病棟で社会生活するため毎日同じ仲間と顔を合わせているのだから、話も同じような話題になるのは当然だとは思いませんか?私はピア・カウンセラーです。ピア・カウンセラーになるために様々な研修を積んできました。ピア・カウンセラーである条件は、人の話を聞くことができることです。つまり傾聴できることです。統合失調症の当事者の特徴は幻聴・妄想があり、作話したりする人も少なくはありません。当事者の看護と支援は状態が良くなって現実を取り戻すまで「待つということ」が大切だと思います。傾聴していくと彼らのニーズを見定めることができます。そこまで到達すれば、当事者への看護、支援も軌道に乗ってくると思います。

【編集後記】

 私は、下関で生活を始めて、仲間は「SAMは石橋を叩いて渡っていくように自分の人生を進んでいくように見える」とある当事者に言われたことがあります。確かに私は、用心深く足元を探りながら、自分の人生を歩んでいます。私は、人の前で臨機応変に話を上手くすることができません。しかし、精神関係のことなら、2時間くらい話し続けても上手く話すことができます。私は私という人間がどのような人間か分かります。上手く病気と障碍に向き合って生きていこうと思います。私自身が悩んだり困ったりするときは、下関で知り合った友人・知人、職場の上司や同僚などに相談・支援してもらいます。遅々としたスピードで皆さんを困らせるかもしれません。助けてもらったり・相談するかもしれません。そうして私は自分の人生の船の舵をとっていきます。私たち精神の当事者には、きっとあなたのことを見守ってくれる人がいますよ。仲間や友人、知人が遠くであなたのことを考え・静かに穏やかに暖かく見守っています。私たちは一人ではありません。たくさんの人たちが私たち精神の当事者の周りにいます。私は、そういう優しい心遣いの目を感じて生きています。私も仲間たちのことを考えて仕事をしています。精神の当事者にとって下関市が住みやすい市でありますように願っています。皆さんも自分にできることを少しずつ伸ばして自立生活をしていくことが、願いが叶ったらいいですね。ボチボチやっていきましょう。

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