メンタルにゅーすVol.136

メンタルにゅーすヒエダ

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就労支援と仕事

2013年  Vol.136

CIL(自立生活センター)下関発行

ピア・ハート下関(精神自助会) 編集 SAM

Tel(083)-263-2687

FAX(083)-263-2688

E-mail  s-cil@feel.ocn.ne.jp

URL    http://members.jcom.home.ne.jp/s-cil/

 私は障碍を抱えてから、今の仕事と家庭教師の他に仕事が長続きしたことがありません。仕事は2日〜1週間くらいしか続きませんでした。20年間、考え続けていました。病気と障碍の勉強をしていますと、何故仕事が続かないのか、少しずつ下関で勉強して原因が分かってきました。精神の当事者は、様々な施設が協力をして段階を追って一般就労までの訓練が必要かなーと私は思います。以下に就労の訓練時の注意事項を箇条書きします。

1.●1人では夜型の生活から昼型に生活サイクルの移行が出来ない。

2.●障碍福祉サービス事業所で状態により体力をつけ、仲間とコミュニケーションをとり対人関係の練習。 

3.●状態・体力・対人関係をみてから、デイ・ナイトケア、障碍福祉サービス事業所、一般就労と段階的に就労支援していく。各機関の連携協力。

4.●気の長い時間と観察により就労に向けていくのがベスト。

5.●一般就労が最終目的ではない。

6.○仕事中に調子の悪いとき横になるベッド。

7.○自分の体調・意見などを具体的に説明できるようになる。

8.○仕事の中で自己決定・自己実現・自己責任

9.▲体力。

10.▲病気と障碍を理解してくれる上司・同僚。

11.▲職場でのコミュニケーション。

12.▲病気と障碍をオープンにするか、クローズにするか。

13.▲通院・服薬も健康管理の仕事の一つと考えて。

14.▲集中して仕事ができないので、12時間に1回くらい休憩。

15.△当事者の調子が悪いのを早く周りの指導員が発見して対処。

16.△指導員や職員と当事者が相談できる環境を作る。

17.△各指導員が状態の悪化のサイン、パターンを一人ひとり把握。

18.△必ず、毎日当事者に声掛けをする。

19.△当事者とは1人前の大人として接する。

20.△当事者のSOSを早く発見して対処。

21.△穏やかで毅然とした対応。

22.△状態によって休暇をとるように勧める。

 15  ●「障碍福祉サービス事業所」での訓練段階 6〜8  ○「訓練と就労」の境目

914 ▲就労場面                                1522  △ 支援者の留意点

  私は、病院を退院して直ぐに仕事をすることは勧めません。やはり、体力・社会生活(当事者の順応力)・精神的な耐力などが必要です。急に実社会に適応しようとすれば、焦ったり・頑張ったり・無理をしたりします。私は、今は法制上無くなった「精神障碍者福祉工場」に約2年間勤めました。福祉工場は労働基準法に適合した、最低賃金は満たしている事業所です。福祉工場で月に14日程度、平成13年から14年の年末までに働いていました。朝9時から働き、15時ごろには反省会などの、ミーティングを毎日していました。私は、同僚の当事者たちと仕事をしながら、オフには泊まりに行ったりしていました。当事者同士仲良く交流して楽しかったです。そこでの友人たちは今でも交流していますし電話も時々します。私は、援護寮から福祉工場まで歩いて40mくらいの稗田病院の敷地内に職場の福祉工場がありました。仕事は、時々調子が悪いときは休みました。次第に職員、同僚の当事者にも慣れてからは休みませんでした。毎日、当事者の同僚と顔を合わすのが楽しみでした。私は、理想的な地域生活再開の道筋としてデイ・ナイトケア、障碍福祉サービス事業所等利用して体力、精神的な耐力、服薬・通院、自分の症状の管理等、様々な階段をクリアしていけば良いなーと思います。例えば、10段の階段も2,3段ずつ上っていくことはたまには大丈夫ですが長期に続けて上っていくのには1段ずつ上っていくほうが安全に確実に上れます。あせったり・頑張ったり・無理はしないことを当事者の皆さん心得てください。

 話は変わりますが、もし私が健全者の厚労省の役人と替われるものなら、替わりたいです。役人と病気の私と替わって欲しいです。貴方(健全者・役人)が統合失調症に罹患したら、差別される当事者として耐え忍ぶことが出来ますか。病気と障碍を抱えて仕事を続けていくことが出来ますか。この世の中もパターナリズムなのでしょうか。医者や父親のように貴方の面倒はみるが貴方の人間としての権利は認めない、私(権力者)の言うことを聞けと・・・私は、少しでも世の中が変わるように・当事者が覚知するようにメンタルにゅーすヒエダを編集しています。皆さん、差別・偏見・汚名をラベリングする社会は弱い社会です。強い社会はすべての人が障碍者も健全者も子供も女性も高齢者も生き生きと生活できる社会です。自分が嫌な事を他人にして不快な思いをするのは、誰が考えても分かることですね。私が思うには、統合失調症と仕事に何の関係があるのか分かってくると私の周りの仲間は焦らないで・頑張らないで・無理しないで仕事をしています。自分なりのペースで働くことをお勧めします。私は病気と障碍を抱えて11年間、CIL(自立生活センター)下関で勤務しています。私も悩み・失敗し・考え・行動を繰り返し、少しずつ仕事に体を慣らし、同僚の啓蒙をし、病気と障碍に対処して、たまたま仕事を続けています。人生の分岐点を偶然、こっち側に曲がったことだけのことだと私は考えています。

 最後に、私がCIL下関以外に長く続いた仕事が、実はもう一つあります。それは、中学生の非常勤の家庭教師でした。障碍を持って仕事が続いたのは、CIL下関と家庭教師だけです。前者は病気と障碍をオープンで、後者は実績を出せばいいのと対人関係が少ないから仕事が続いたのだろうと思います。それら以外は、初めての仕事に行くと幻聴と妄想があったので仕事に行くのが怖かったです。幻聴・妄想と分からず現実に同僚から私の悪口を言われていたのだと思っていました。辛かったですねー本当に・・・20年間病気と障碍に翻弄されました。私は援護寮に入所して生活訓練をしつつ、福祉的就労の後CIL下関に就職しました。1年間、援護寮から通勤しました。その後に援護寮から一人暮らしの自立をしました。ゆっくりと様々な訓練をして・就労し・自立に向かいました。いい経験をしました。援護寮ヒエダの方角には今でも私は足を向けて眠れません。

【編集後記】

 私が統合失調症と仕事にどんな関係があるのかと考える例えに、薬と便秘のことが思い出されます。抗精神病薬に抗コリン作用があるので便秘になることを思い出します。それで緩下剤を服薬しています。援護寮に来て病気と障碍の勉強をして理解しました。私は、残存している幻聴と妄想が私を追い詰めて発現するので時々、仕事をすることが苦しいときがあります。自分で病気と障碍に対処して工夫したり、勉強をして、その苦しさが少しでも楽になるのであれば私は勉強します。様々なことを勉強して、ある状態が論理的に理解でき生活が楽になってきました。それと、私は幾つになっても知らないことは、周りの人に尋ねます。その行動を恥ずかしいとは思いません。仕事が続かないのは病気と障碍のせいだと分かりました。私は時々、ストレス発散にドライブとお笑いの番組を見ることは続けています。笑っていると、悲しいこと・辛いこと・苦しいことを忘れます。ドライブをしていると同じく悲しいこと・辛いこと・苦しいことを忘れてしまいます。皆さんも一度、試してみてはいかが・・・・・・

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