私が統合失調症を発病したのは23歳のときのことです。現在(2013年)が、54歳ですから31年前のことです。その頃の記憶が走馬灯のように蘇ります。発病して、まだ病気や障碍に対処することが出来ませんでした。ただ、主治医は、「この病気は長期間服薬を継続する必要があります」と私の病状が落ち着いてきたときに診察で教えて下さいました。その当時、母はアルコール依存の父と私の二人のために2週間おきに別々の精神科病院に面会がありました。治療は、入院中規則正しい生活リズム・食事・服薬・外界から隔離した病棟の中でストレスになるものを廃絶して生活していました。時々、卓球したり・散歩したりして入院していました。この頃までに大きな病気で入院したのでは、19歳の時の椎間板ヘルニア(腰)の手術以来でした。精神病で入院中には、看護師さんがコンサートに連れて行ってくれたりしていました。患者も看護師さんも私に穏やかに優しく接してくれました。3ヶ月の入院で退院しましたので私はびっくりしました。
今思えば、どう言う経緯で私が退院できたのか分かりませんでした。病状が寛解したので、退院できたのかなーと今思い出していますがその当時のことは、詳しくは記憶にありませんでした。ただ、当時の私は統合失調症が不治の病だと考えてもう二度と退院できないだろうと思っていましたので、退院できたのが非常に嬉しかったです。ただ、退院してからが今思えば大変でした。服薬・通院が大切なのは、今も昔も統合失調症には変わりありません。しかし、退院して半年間通院していませんでしたので服薬も通院も守りもしませんでした。私の主治医が心配して電話をしてくださり通院しましたが、抑うつ状態になりまた3か月入院しました。退院後、服薬・通院を守っていましたので、その後15年間は病気と障碍の浮き沈みは有りましたが入院していませんでした。
15年後、服薬を守らず建設作業の仕事を始めました。毎日お酒を飲んでいましたので、薬を飲まないでも睡眠が取れたので精神薬を全く服薬しませんでした。
見る間に調子を崩していきました。そして強制入院の措置入院になり5年間くらい入院してしまいました。この入院は長い入院でした。措置入院だと患者仲間に話すと「棺桶退院か10年くらい入院だな」と言われました。棺桶退院とは、病院の中で死んで棺桶の中に入って退院するということです。
3回目の退院で下関の援護寮ヒエダという病院と社会の中間施設を経由して生活技術・対人関係・服薬管理・金銭管理などを訓練して自立する選択肢を選びました。あわよくば一般就労して自立生活することができたらなーと考えたりもしていました。
将来の自分が、一般就労して自己決定・自己実現・自己責任を担って自立生活することを思い続けて援護寮暮らしをしてきました。不思議なことに思い続けて努力していたら、思考は現実化しました。CIL下関に採用されました。私はびっくりしました。その次に「結婚すること」を思い続けていましたら、いい伴侶に恵まれました。私は、実現可能な小さな目標を立てパズルを組み立てるように時間をかけて努力してきました。30歳の頃「思考は現実化する:Think&GrowRich」というアメリカのナポレオン・ヒルという人の本を読んだことがあります。この人はフランスのナポレオン・ポナパルト大帝とは違います。この本で「思考は現実化する」ということを現実に私は体験しました。しかし、随分時間がかかりました。
現在の私は、精神障碍者の自立生活支援の仕事の一助として「メンタルにゅーすヒエダ」を編集しています。私の病、統合失調症を抱えた生き方・病気と障碍の対処の仕方など当事者にしか分からない気持ち・制度の利用など様々なタイトルで考察したニュースレターを編集しています。私の人生は「人生八十年」と考えればその半ばより後半で仕事に生きがいを見つけて生活しています。連れ合いと共に晩婚でしたが実現できました。私の人生も捨てたものじゃない!後6年経てば、私は定年退職となります。仕事をリタイアしても、また小さな目標を立て第二の人生に向かって旅立っていこうと思います。私の人生は私が主役、私の望む人生を自己決定して自己実現したいです。リタイアまで6年というとまだまだ先のこと、今の仕事を全力とは行かないまでも7割くらいの力であせらず・がんばらず・むりしないで仕事に向かい合って全うしたいです。
私は、統合失調症を青年時代に罹患しました。この症候群は青年の人生を全て台無しにしてしまう病気です。私の知り合いの中に「自分はこの病気になってよかった」と話す人がいます。私はできるならば統合失調症に罹患したくなかったです。ただ私は病気に罹患して、社会の中で弱者(障碍者・高齢者・女性・子供)の気持ちがわかるようになりました。私はめぐり合う人に優しく接することが出来るようになりました。それは、私が精神病を罹患せず人生を歩んでいる自分とは価値観の違う人生を体験できるという意味では、大変貴重な経験だと思います。何はともあれ、私の人生は私が主役なので、人に迷惑をかけないで人の役に立つ仕事を続けていきたいです。
【編集後記】
今、私の歳は54歳です。この統合失調症との人生の31年間、私は統合失調症と共存していきてきました。正確に言うと20年間、病気と障碍に振り回されて生きてきました。43歳から11年間、病気と障碍に対処して生きてきました。思えば、病気に罹患して31年間という時間を隔てて遠くへ来たものだなあと感慨深いですね。時間というものは全ての人間に平等に与えられているのに、一人ひとりに時間の経過は感じ方が違うようです。
私は、病気に罹患して仕事をした期間、現在進行形ですが31年のうち16年間仕事をしています。CIL(自立生活センター)下関の勤務歴は、健常なときより較べても現在11年で現在進行形です。私は、今の上司・同僚に恵まれて、遣り甲斐のある仕事をすることに今更ながらに、病気に罹患してからCILで仕事をすることが出来て幸せもんです。感謝でーす。
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