メンタルにゅーすVol.215

メンタルにゅーすヒエダ

 

「鬱の否定的自動思考」

2016年  Vol.215

CIL(自立生活センター)下関発行

ピア・ハート下関(精神自助会) 編集 SAM

TEL(083)-263-2687

FAX(083)-263-2688

E-mail  s-cil@feel.ocn.ne.jp

URL    http://blog.livedoor.jp/npo_light/archives/cat_8979.html

 SAMは状態の落ち着いているときは、朝何も考えず出勤の支度をして仕事に行っています。最近少し鬱気味なせいか、自分のことを否定的に考えてしまいます。朝は、1ヶ月以上葛藤があり仕事に行こうか行くまいか思案の毎日です。毎日朝、起床すると身体がだるく仕事を休みたくなります。健全者の皆さんも月に1,2回は会社を休みたくなることはありませんか。私の主治医に診察のとき、話しますと「僕なんか毎日仕事休みたくなるけど何故か病院に出勤しているなー」と話しています。私は、仕事を月に1,2度休みたくなるのならば普通だけれど、1ヶ月以上体がだるく仕事を休みたくなるのなら病的だと考えていたのに少し気が楽になりました。主治医のように健全者が「仕事しないでいいなら仕事しないよ」と能天気に話されると、SAMの毎日の仕事に行こうか行くまいかの葛藤は普通なのかなと思います。主治医と違うのは、私は毎日起床すると身体がだるいですし、睡眠して起床した爽快感がありません。起床の爽快感は、調子のいいときは何も考えずに出勤していましたので覚えていません。ただ起床しても身体がだるく、睡眠しても疲れが取れません。年のせいかなとも思いますが答えが見つかりません。

 私は躁鬱の気もあり、鬱のときに否定的自動思考があります。になると、何を考えていても、あるいは何をしていても、とにかく嫌な考えが浮かぶことを否定的自動思考といいますが、SAMにはこれが負の連鎖のように1ヶ月以上続きます。つまり、健全者の仕事を休みたくなるのと、鬱の気があるSAMと健全者のこの葛藤は違うのではないかと考えます。私は、鬱の気がありひどくなると身体がだるく仕事を休んでしまいます。私の主治医は私が考えすぎるのに終止符を打つために、主治医も仕事に行きたくなくなるよと言ったのかなと思います。こんな私も鬱の症状が消滅したときは、朝起床して食事をし出勤していますので、鬱の否定的自動思考かとも思います。主治医は、私の否定的自動思考も状態が回復したらなんともなくなるので考えすぎないように、例えとして主治医の経験を話したのかもしれません。

 私には躁鬱の気があります。今は鬱の症状もそんなにひどくありません。今までこのような、鬱の否定的自動思考は何度も経験しています。したがって、現在のような症状も状態が回復して、朝起床して食事をし、何の憂いもなくまた、出勤できる日を迎えることができるのだろうと期待をしています。まあ、考えすぎても仕方がないことですので考えないように気をつけます。しかし、私の否定的自動思考はとまらないなー・・・・・

 前回のメンタルにゅーすの「人間は考える葦である」のタイトルではないですが、SAMの否定的自動思考の負の連鎖の思考が続くのはちょっときついですね。人間は思考できることで、精神病と言う負の遺産を抱え込んだのではないかと考えるのはSAMだけでしょうか?いずれにしても、「人間は考える葦である」というように、人間は思考する弱い葦であることは間違いないようですね。統合失調症は発病率1パーセントですが、毎年のようにこの病気の患者は出来しています。私のように、罹患して34年も経てば病気と障碍に対処できていますのでまだまだいい方ではないかと思います。SAMは、自分の経験をメンタルにゅーすのホームページに掲載していますが、まだまだメンタルにゅーすの世間での認知率は低いようです。読者の皆さんも、精神病の当事者にメンタルにゅーすを教えてあげてください。

 私は、統合失調症と34年前主治医に告知されたときに「ああこれで私の人生は終わりだ。仕事もできないし、結婚もできない。一生精神科病院に入院し続けるしかない」と思っていました。それが、3度目の退院で援護寮に入所して、CIL下関に就職できて、現在の今があります。仕事をしていますし、結婚もしました。援護寮を退寮して数年後に短い3ヶ月の入院がありましたが、その後結婚して今でもCIL下関で働いています。

 人生とは不思議なもので、神様も私を見捨てていないみたいです。今でも調子が悪いときがありますが、何とか対処して働いています。CIL下関で働いて15年が経ちます。いいときもあり悪いときもありましたが何とか仕事を続けています。いまこうやって振り返ると、統合失調症を発病して、過去のある時期20年間自暴自棄になったことがありました。しかし、現在の穏やかな状態になり病気と障碍を受容することができました。私の現在があるのは、CIL下関の上司のK,M、同僚や当事者の仲間、病院の主治医や看護師の皆さん、支援センターのスタッフのおかげだと思います。辛酸苦慮した時期もありましたが何とか今を迎えて、穏やかな状態を迎えられて幸せです。皆様ありがとうございます。

 

【編集後記】

 今思い起こせば、この34年間にさまざまな事がありました。いいこともあり悪いこともありました。人生を投げ出し自暴自棄になったこともありました。私の今があるのは、傍で支えてくれる妻のおかげです。また職場の上司、同僚、当事者の仲間、病院の主治医や看護師、支援センターのスタッフの支えがあったおかげです。病気を告知されて、自分の人生は終わりだと考えていましたが、それらをすべて覆し地域社会で生活をし、仕事をしています。発病して当初は何も分からず、病勢に振り回されていました。援護寮ヒエダに入所し、自立の訓練をして、それと平行して統合失調症の勉強をしながら援護寮ヒエダ新聞の編集を始めました。病気と障碍、制度、障碍者の自立についてはCIL下関で考えさせられました。                  

 今思えば、物事そんなに簡単に投げ出しちゃいかんと思います。私の経験ですら、人生を投げ出した自暴自棄な期間が20年近くありました。私は恵まれていたのかもしれません。大切な時期に私の傍で支えてくれた人たちがいました。神様は、私を見放してはいませんでした。絶えず私の傍に支えてくれる使者を差し向けてくれました。今思えば、有難いことです。今私は、自分の後輩たちのためにわずかな心の支えとしてメンタルにゅーすヒエダというホームページを運営しています。当事者の皆さんの心の支えとしてお力になればと考えています。みなさん、人生そんなに簡単に投げ出さないでくださいね・・・

トップページに戻る