メンタルにゅーすヒエダ 「明治から平成までの世界・日本の精神保健の変遷」 |
2016年 Vol.232 CIL(自立生活センター)下関発行 ピア・ハート下関(精神自助会) 編集 SAM TEL(083)-263-2687 FAX(083)-263-2688 E-mail
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これまで「精神衛生」といわれてきたものはメンタル・ハイジーンMental
Hygieneで、精神障碍の発生に関する疫学と予防、治療やリハビリテーションに関する学問と実践活動であった。これに対して「精神保健」はメンタル・ヘルスMental
Healthで、人々の精神的健康を対象とする学問と実践活動を意味する。つまり、精神的健康の保持・増進を図るほか精神健康障碍の予防と健康回復、精神障碍の治療およびリハビリテーションを目的とするものである。したがって、精神保健を精神障碍の医療やリハビリテーションに限定して用いるのは正しくない。このように、精神的な健やかさを対象とする精神保健は、人々の健康にかかわるあらゆる学問分野が総合される必要がある。医学や心理学、社会学や社会福祉学の学問的背景をもち、社会の価値観や個人の倫理観、あるいは生きがいにかかわる問題をも含むほか、政策的な意味をもつものである。このため、1995年(平成7)には、それまでの精神保健法を精神保健及び精神障碍者福祉に関する法律(精神保健福祉法)と改め、政策的には精神障碍者のリハビリテーションをよりいっそう推進するところとなった。[野村瞭・吉川武彦]
18世紀未から19世紀初頭にかけてのヨーロッパでは、現代精神病治療法の確立者の一人とされるフランスの精神病医ピネルP.Pinelが現れ、それまで囚人同様であった精神障碍者を鎖から解放した。1908年には、ビアーズC.Beersは、3年間に4回の入院を繰り返したが、その経験から精神衛生運動を始め、アメリカのコネティカット州に精神衛生連盟をつくり、さらにこれがアメリカ全土に広がり、1930年には、第1回国際精神衛生会議が開かれるところまできた。第二次世界大戦後に本格的に活動を開始した世界保健機関(WHO)は、健康には「肉体的健康」「精神的健康」「社会的健康」があり、それぞれの側面に関して健康の保持・増進と健康障碍の予防や治療に努める公衆衛生のあり方を示唆した。このことがきっかけとなって、精神健康が疾患としての精神障碍とは別に論じられるようになった。1978年にWHOはカザフスタンのアルマ・アタ(アルマトイ)で会議を開き、疾患に陥らぬためのプライマリ・ヘルス・ケアPrimary Health Care(PHC)を強調したが、1986年のオタワ会議では、疾病や障碍をもちながらもいきいきと生きることを支える公衆衛生のあり方を模索し、肉体的健康ばかりでなく、精神的健康や社会的健康に視点をおいた健康の保持・増進を目ざすヘルス・プロモーションHealth Promotion(HP)を公衆衛生の目標として主張した。[野村瞭・吉川武彦]
明治初期における日本の精神保健は、まだ人々の精神健康に目が及んでいない。また、精神障碍の医療やリハビリテーションにも十分な発達はみられないので、もっぱら患者を滝に打たせる水治療法や加持祈祷(かじきとう)によって行われていたほか、今日的にいうボランティアによって精神障碍者の地域ケアが行われていた(京都府岩倉村)。しかし、衛生行政の体制が整うにしたがって精神科病院の前身にあたる癲狂(てんきょう)院が設立されるようになったが(1875年に京都癲狂院、1877年に東京府仮癲狂院の設立)、大多数の精神障碍者は私宅に監置されたままであった。このように人権的配慮がないままに放置されていた精神障碍者の人権擁護のため、1900年(明治33)に「精神病者監護法」が制定された。この法では、精神障碍者は監置の対象となるが、公的機関がつねにその実態の把握に努めるということになっている。患者の医療保護の面では、精神科医療技術が未発達であったことによって、十分には講じられてはいない。明治末期になり諸外国から導入した精神科医療技術を駆使するところとなり、1919年(大正8)には公立精神科病院の設置を促進する目的で「精神病院法」が制定された。しかし、これによってもなお精神科病院の整備は進まず、医療の枠外に置かれる精神障碍者がほとんどという状況が続いた。1938年(昭和13)になると厚生省が設置され、精神衛生対策が進められたが、これも効果をあげるには至らなかった。[野村瞭・吉川武彦]
日本において今日のような精神保健の概念が生まれたのは第二次世界大戦後である。戦後の新憲法のもとに精神障碍者の人権が見直されるとともに欧米の新しい精神保健思想が持ち込まれることとなり、1950年(昭和25)に「精神衛生法」が新たに制定された。この法律は、精神障碍の発生の予防と医療を行うほか精神障碍者の保護を行うとしたもので、精神障碍の治療はもとより、その発生予防によって広く国民の精神的健康の保持向上を目的としたものであった。これにより精神科病院における精神障碍者の医療保護は充実し、1965年の法改正で外来医療費公費負担制度が開始され、各都道府県に精神衛生センター(現精神保健福祉センター)が設置された。さらに保健所における精神保健活動が積極的に行われるようになり、精神障碍者の地域ケアが進むことになった。1965年改正以後にも精神保健事情は大きく変化してきたが、1987年に精神衛生法はふたたび大改正され、「精神保健法」になった。この法によって、はじめて国民の精神健康の保持・増進が精神保健の重要なテーマとして取り上げられるところとなった。一方、1993年(平成5)12月に心身障碍者対策基本法が障碍者基本法に改められ、1995年には、医療と保護およびリハビリテーションを充実し、障碍者基本法がいう、障碍者の社会参加と自立を促進する目的で精神保健法が改正され、「精神保健福祉法」となった。さらに、1999年の同法改正で精神障碍者の移送制度が法定化され、医療アクセスが容易になったほか、家族などに課していた精神障碍者の保護義務をはずした。2006年には障碍者自立支援法の制定によって、精神障碍者の保健・医療・福祉が一層進展するところとなった。このように、精神障碍者の医療的・福祉的・人権的処遇の変遷が、わが国の精神保健の歴史といってもいい。ただ、これからの精神保健は人々のものでなければならないし、精神障碍者を包含する国民の精神保健でなければならない。このことは、WHOがいうヘルスプロモーションの考えに照らしても明らかである。[野村瞭・吉川武彦]
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従来の精神保健は、実践面でみると、精神障碍の予防、治療という精神衛生の部分に偏って行われてきたが、これからの精神保健は、精神保健本来の目的である人々の精神健康の保持・増進、精神健康障碍の予防や相談活動の充実、さらに精神障碍者の医療とリハビリテーションを発展させるために、いっそうの期待を担うことになろう。このようにして、幅広く国民を対象とした精神健康の保持・増進を図ることを、研究的にも行政的にも、さらに実践的にも取り組んで行くことが求められている。
社会環境の変化に伴って、個人に対してもさまざまな形でストレスが加わるいま、人々が感じるストレスは高まっている。そのような状況にある人々のストレス解消は、ストレス耐性を個人が高めるだけでは進まない。そこに集団としての精神保健の考え方も必要になるし、さらにはこれらを行政的に処理する方策も検討しなければならない。こころの健康づくりは、その意味でも重要な施策であった。精神保健のこうした側面を「積極的精神保健」というが、精神障碍者や登校拒否・不登校の子供たちを支える「支持的精神保健」とは異なった意味で、具体的な方法論をも含めた体系化を図らなければならない。さらに、21世紀を迎えて、住みやすい地域づくりを目ざす「総合的精神保健」の発展を期待したいものである。これらを考慮して、国立精神・神経センター精神保健研究所が準備を進めている。[野村瞭・吉川武彦]
【編集後記】
病気や障碍を持つ精神の当事者が社会資源の病院で入院して治療に励んでいる。退院して地域のCIL(自立生活センター)で働く当事者たちが病気と障碍の対処法を試行しながら、その方法を当事者に伝えています。また、当事者のピア・カウンセラーが地域のCILに在駐しております。これらの社会資源をうまく利用しながら、地域社会で生活する人も少なくありません。脳内の精神伝達物質の不安定が原因で精神病に罹患する人は少なくありません。世界保健機関(WHO)も健康には「肉体的健康」「精神的健康」「社会的健康」があり、それぞれの側面に関して健康の保持・増進と健康障碍の予防や治療に努める公衆衛生のあり方を示唆しました。
われわれ当事者が病院や支援センター、CIL(自立生活センター)、自助会などをうまく使って地域社会で生活することはいいことです。強制されて病院に通院したり服薬するならよくないが、当事者が主体的に通院、服薬が必要と考えて、これらの社会資源を利用するならば、それらはそれでいいことであると思います。
SAMも地域生活での知見を冊子にして編集しています。SAMなりの病気と障碍の対処の仕方を自分なりに試行してメンタルにゅーすで皆さんに伝えています。当事者の周りには、自助会があります。そういうところに参加して、当事者同士でサポートするのもいいことです。当事者同士で、話し合って制度の利用、残存する症状や病気の対処法など教えてもらういい機会です。健全者には怪訝に思われることでも、当事者同士で話しやすいと思います。自助会は、当事者によって運営されている会かあらかじめ調べて参加すると、何でも話せます。
SAMは、CIL下関・NPO法人らいとでこれまで、運動と仕事をしてきました。その中でSAMの知見では、何でも困ったときに相談できる人、機関を自分で確保しておくことは非常に当事者が地域社会で生きていくために大切なことだと思います。当事者は、一人で孤立せず地域に出て仲間や支援者を見つけて相談しましょう。