メンタルにゅーすヒエダ

 

「そういえば、

最近イライラしない」

2020年月日  Vol.299

CIL(自立生活センター)下関発行

ピア・ハート下関(精神自助会) 編集 SAM

TEL(083)-263-2687

メンタルひえだFAX(083)-263-2688

E-mail  s-cil@feel.ocn.ne.jp

URL    http://blog.livedoor.jp/npo_light/archives/cat_8979.html

 2018年、調子を崩してリスペリドンを6から9ミリグラムに変えてイライラが減ってきたような気がします。幻聴と妄想は今でもありますが、対処にiPodをつかわなくなりました。幻聴と妄想がひどいときは、日中継続してヘッドフォンをして仕事をしていましたし、iPodが手放せなかったです。そんな私が調子を崩してリスペリドンを6から9ミリグラムに増量して、幻聴と妄想の頻度が間欠的になりました。この原稿は2018年に編集しています。まだ見ぬ未来の2020年発行のメンタルにゅーすです。そのときにはSAMはどうしているのだろうなと、今考えています。順調にいっていれば嘱託で働いて2年目ぐらいだと思います。

 まだ見ぬ将来のことを考えていても杞憂かもしれませんが、自分のことが心配です。SAMは気の小さい心配性です。健常なころは、そうでもなかったですが、統合失調症になって頭の中で様々な思考が錯綜し統合することができなくなっていました。服薬することで何とか症状を抑えて、仕事をして知的作業をしています。今は一ヶ月の殆どをメンタルにゅーすの編集・印刷・郵送作業、ホームページの更新のためのプログラムに時間を費やしています。障碍者団体で、PCで以前やっていたような仕事のプログラミングをやるとは思ってもいませんでした。今は、そんなに深く考えないようにして、ホームページの更新ができればいいと思うだけでプログラムも深く考えないようにしています。昔やった杵柄なのかホームページのプログラムもどこをいじったら上手くいくか何となく分かるようです。

SAMは以前の研究所の仕事で、世のなかに何の技術のないものを作り上げるやり方を何となく学んだのでしょう。それが今の仕事で役に立っています。今は事務の仕事でPCに向かうことが多く、なくてはならないものです。文章の推敲は気をつけています。事業予算の捻出で助成申請をするのも私の仕事の一つですが、以前の仕事で研究論文を編集していたので冊子の制作なども余り苦にならないです。

SAMは時間が掛かりましたが、仕事を少しずつ覚えて現在に至ります。仕事が知的作業なのでPCと殆ど向かい合っています。タバコをやめて12年目になります。ニコチン中毒だったのでタバコは手放せなかったです。今ではそのイライラもありません。自分のデスクで仕事の知的作業をやっております。私の現在があるのは、上司のKMと同僚がいるおかげです。大変有難いことです。こうやって自分を考えていると40代から仕事をして少し右肩上がりの感じがします。

49歳で結婚して、妻は私の公私に渡っての良き理解者です。妻との喧嘩も年に1,2回するぐらいで最近はトンとありません。妻はかいがいしく家事をし、仕事をしています。抑うつ状態が強いのかSAMは彼女が調子を崩さないように振舞っています。妻は本当に優しく聡明な人です。妻は、お父さんが学校の教師でつつがなく育てられました。人を羨ましがったり、ひがんだり、憎むことをしたことがない人です。私はそういったことが全部あります。極端に違うSAMと妻が結婚したのは奇跡のようですが今でも何とかやっています。結婚も12年が経っているでしょう。その頃のSAMと妻が仲良くやっているように思い浮かべながら、今20187月未来のメンタルにゅーすを編集しています。

SAMがタバコをやめたのは気管支炎になったからです。主治医がタバコを止めたら治ると言われたので、止めたのがきっかけです。それと妻に副流煙が影響しないようにと考えたからです。CIL下関・NPO法人らいとの喫煙者は多いです。タバコを止めた自分からすると副流煙が心配なのですが喫煙者は気にならないのかと思います。まあ自分もたまたまタバコを止めたので気になるのかもしれません。タバコを止めると良いことがあります。食事が美味しいです。ですので、食事のとき良く噛んで食べて肥満に気をつけられたらいいですね。

私は、妻が良くしてくれるので小銭貯金で10ヶ月ごとにボーナスをわずかですが渡しています。皆さんも小銭貯金をお勧めします。案外貯まりますよ。当然私自身にもボーナスがあります。SAMと妻の「仲良くやってるで賞」です。私は発病して20年間、お金の管理ができませんでした。援護寮でお金の管理ができるようになり、家計簿をもう20年記録しています。過去の家計簿を検討している毎日です。それにしてもお金は遅々として貯まりませんねー・・・・・・・≧≦☽!?

 

【編集後記】

 妻はマジか冗談か分かりませんが自分はお嬢様として育てられたといいます。私は不遇で貧乏でした。生活状況が極端に違う2人が出会ったのも奇跡ですが、結婚したのも奇跡です。妻に、お金に困ったことがないのかと尋ねると1回もないといいます。両親にまっとうに育てられたのでしょう。私は健常な独身の頃から、飲み食い遊びほうけていましたのでお金の管理ができるようになるまで、2443歳まで管理ができませんでした。実家は貧乏なので家計は火の車でした。いい見本で反面教師だったら良かったのにと後悔しきりです。でも結果的にお金の管理ができるようになったので良かったです。それもこれも援護寮や妻のおかげです。私は壮年期から少し右肩上がりの生活ができるようになりました。SAMの周りの人がいい人ばかりだったので、彼らに影響されたのでしょう。「朱に交われば赤くなる」とは良くいいますが、皆さんも友達には気をつけましょう。

 私は、生まれ故郷のS市の友達とは一切縁を切り連絡を取っていません。SAMにいい影響を与える友達ではないので、あえて自分自身で連絡を取らないと自己決定しました。SAMの今があるのは上司や同僚、友人、医療関係者、福祉従事者のおかげです。皆様いつも私に良くして下さり有難うございます。

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