メンタルにゅーす ヒエダ Vol.385 「白夢が精神病になった原因」 |
2025 年3月6日 Vol.385 CIL (自立生活センター)下関発行 ピア・ハート下関(精神自助会) 編集 白夢( SAM ) TEL(083)-263-2687 FAX(083)-263-2688 E-mail s-cil@feel.ocn.ne.jp |
白夢は統合失調症に罹患して思うことがあります。健常な時は精神病のことを知らない、考えもしていませんでした。しかし、自分が統合失調症に罹患した原因をよーく考えてみました。まず不眠、仕事や、勉強で睡眠時間2,3時間で生活・仕事をしていました。それは早く一人前の研究者になり、仕事をバリバリこなそうと思っていたからです。当初、会社の学校で勉強を人の3倍していました。身体には自信がありましったから無理をしていたと今では思います。そして今思い出すと、小学校のころから精神的な脆弱性があり幻聴・妄想がありました。高校生までは幻聴・妄想がいい面に働きそれらが白夢に注意をしていました。ですから悪い道には入らず、黙々と勉強していました。特に中学校の時は 20 時から 26 時まで勉強していました。300人ぐらいの学年で、勉強しないで120番くらいだったのが勉強をすると50番に以内に入り3年の3学期の期末試験は11番でした。これは覚えてないのですが、転校して勉強を始めて、中2、3と同じ担任の父も知り合いの N 先生がクラスで私を褒めてくれたそうです。そのころは白夢は統合失調症を罹患していましたので、勉強など何のくそにもならないと思っていました。中卒で働いて健常なのが一番いいと考えていました。でも今思えば、工業高校に行って就職し試験を受けて会社の学校に入り勉強したことは決して無駄ではありませんでした。下関に移住して仕事を 20 年して自分が努力を継続する才能があることが分かりました。また、白夢は会社の学校で勉強したことは決して無駄ではありませんでした。いまの仕事 CIL 下関 NPO 法人らいとで仕事に役立っています。仕事が研究職でしたのでわからないことは調べて既存の技術にない新しい技術を開発していましたので、それが今の仕事に役立ちました。継続しているメンタルにゅーすヒエダ、ホームページのプログラム開発と誰にも教えてもらわず自分で勉強して作りました。読者のクレームでバージョンを重ねていまでは PC 、モバイル、タブレットで見れるようになりました、特にモバイルで閲覧できるようになって好きな時に好きな時間に好きな場所で自由に見れるようになって閲覧者が増えました。今後はメンタルにゅーすを続けるだけ続けようと考えています。妻と死別して、妻と考えていた65歳で引退して年金生活をしようと思っていましたが、妻の遺言でメンタルにゅーすは白夢の精神衛生にいいから続けるように言われたので70歳まで頑張ってみて、それからまた考えてみます。
思えば下関に移住して23年間ずっとニュースレターを編集継続しています。もうちょっとで4半世紀です。壮大なミッションを始めたからには自分が編集する力がある限り続けます。統合失調症に罹患したのも私の運命だったのでしょう。そして冊子を作り、国会図書館、大阪府中央図書館、山口県図書館、下関市図書館に置かせてもらっています。
助成担当なのでピアカウンセリング、福祉車両の入手などに実績も残せました。まだまだ私のやる仕事はたくさんあります。中庸に頑張ります。
助成は第二世代の福祉車両の入れ替え、冊子はもう書かないと決めていましたが相談支援専門員の要請でまだ書き続けないといけません。 CIL 下関 NPO 法人らいとには貢献しているようです。メンタルにゅーすは世界展開を始めて 7 年目になります。長いようで短いようで、 PC のおかげです。メンタルにゅーすの閲覧者を増やすためこれからも頑張ります。仕事を再開して四半世紀くらいになります。自分でも驚きますがびっくりしています。頭は努力・継続型の勉強ができたおかげで仕事に非常に役立っております。すべては下関で起こった私の奇跡でした。すべては 「成功哲学 Think&grow rich! 思考は現実化する。」 という本と下関で巡り合った上司・同僚・友人・医療関係者・福祉従事者のおかげです。人間は変わることができるんですね皆さん。私のようなぼんくらにできて皆さんにできないことはないと思います。お互い切磋琢磨しましょう。
1番は壮年期に病気と障碍制度を勉強して 、 CIL 下関NPO法人らいとに巡り合ったのが、これを最後の仕事にしようと頑張ったおかげです。しかし今でも思うのは統合失調症を発病せず健常に生活することだったことなんですけどね。私は病気に罹患しなければ現在の実績は生まれなかった。病気と障碍も白夢の運命だったようですね。今でも精神障碍者は病気と障碍に翻弄されています。入退院の回転ドア症候群は病者に繰り返されています。私が今でも感謝しているのは、妻と死別して緊急に主治医に診察してもらった時に私が妻の自殺を抱えて地域で生きていけると診断して入院もする必要もない、薬は増やさないといわれ時は冷たい人だなと思いましたが私は立ち直りました。主治医は私を私以上によく見ていると白夢は感心しました。ありがとうございます。
【編集後記】
何事も焦らない・頑張らない・無理しないのアガムの法則は大事なことです。かといって手を抜けと言っているのではありません、 70 点くらいの力が私には必要でそれくらいで頑張るのが丁度いいみたいです。私も今年で 65 歳になります。長く自分をやっていると自分というものが分かります。 40 にして心惑わずという言葉がありますが私は 42 歳まで暗黒の中で住んでいたように思います。昼間の仕事ができず、夕方から夜の仕事の家庭教師の仕事をしていました。それも長く続かず鬱になり、それからいろいろ職を変えました。仕事が 3 日から 1 週間くらいしか続かなかったのです。調子を崩して入院になり、 4 年間入院しました。措置入院だったので、病院長の消退届がないと退院できませんでした。措置症状(自傷他害)は 1 年で取れていましたが退院の院長の消退届が作ってくれませんでした。院長は病院内でちゃんとしていても社会に出たら何するかわからないからと退院させてくれませんでした。措置入院解除で記録的に短いのは神奈川の施設襲撃事件の当事者は、 2 週間くらいで退院させたのが白夢には印象的でした。