メンタルにゅーすヒエダ Vol.386 「人間でもPCでも 働かせすぎると暴走する」 | 2025年4月4日 Vol.386 CIL(自立生活センター)下関発行 ピア・ハート下関(精神自助会) 編集 SAM TEL(083)-263-2687 FAX(083)-263-2688 E-mail s-cil@feel.ocn.ne.jp |
白夢は学生時代、勉強をするのに今まで勉強しなかったから、人の3倍勉強しました。成績は功を奏して極端に上がりました。いままでで一番成績が上がりました。そのおかげでガリ勉が身についたのか成績はトップ3にはいるほどでした。しかし学校でよく寝ていました。成績は国語力を上げることが肝要です。テストは日本語で出ますから、国語の文章読解能力を上げることです。問題がどんな答えを要求しているか国語力がないとさっぱりわかりません。大人になって資格を取る時も同じで問題が何を求めているのか注意して問題を読むことです。これはすべてのテストに寛容です。答えを2つ選べというのに1つだけ書いても配点はないです。注意力を働かせると、問題の中に答えらしきものが書いてありますよ。それとできるところを先にやり、難しい所を後回しにやる。難しい問題に時間をとられて、できる問題を解かなかったら最悪です。
勉強と仕事で白夢は精神病を発病したと思いますが、会社の学校で人の4倍睡眠時間を削って勉強しました。その結果、鬱を発病しました。成績は4番でした。しかし会社の学校の勉強は、テストがワンパターンで、ほとんど毎年同じパターンだったので、先輩が残した問題と解答を覚えてしまえば解ける問題でした。白夢は会社の学校の勉強があほらしくなりました。私一人黙々と勉強して他の同期はテストの対策書を作って、問題を解いていたのが勉強と呼べるのか、私は勉強とは自ら努力して勉め強いることだと考えていましたから馬鹿らしくなりました。また睡眠時間を削って勉強していたのが原因でうつ病にかかりました、主任教授はカウンセリングに会社の医務室に行きなさいと言われました。そのころ鬱は休養が必要だとは認知されていませんでしたから、最後は教授が勉強はしなくていいから、授業だけは出なさいと言われて指示に従いました。私は鬱鬱と毎日を過ごしました。いま思い出せば馬鹿らしいあほらしい時間の無駄だと思いました。ほとんどのみんなが対策書を利用してテストに臨んでいたので簡単に点は取れました。しかし大学で学ぶ教科書の専門書で80点とか90点の人がごろごろいるのに不思議に思わない教授にも問題がありました。教授も学生も結果主義ですね・・・・・
結果がいいからすべて良しというわけにはいきません問題は毎年同じだから記憶力だけで点数はほぼ7割は取れます。なんとあほらしい・・・・
私は中学2年からH製作所の学校に入るために勉強しましたあの努力の時間は何だったのだろうと思います。私は鬱になって勉強が頭に入らなくなって、勉強しなくなりました。
希望に燃えて勉強をしていたのにほとんどのみんなはテストの対策書を作り担当の教科の予想を立て勉強していました。これが勉強と呼べるのか。白夢は疑問に思いました。
PCの話をします。PCを使って仕事をしていますと機械だから無理させてジョブをたくさん処理させようとするとフリーズします。それかPCが暴走します。最近のPCはフリーズします。フェイルセーフ機構がPCを守っています。私が40数年前のPCを使っていたときはダウンしていました。最近のPCはフリーズするか処理速度が遅くなります。
このことを人間の状態に例えると人間の頭脳の過大使用に対する弊害で精神病を発病するのではと思います。人の4倍勉強すると睡眠時間は2、3時間ですこんな生活を送るとどうなるか皆さんお判りでしょう。病気(精神病)になります。焦ったり、頑張ったり無理をしないことです。私がメンタルにゅーすで口を酸っぱくして言っているアガムの法則を守ることです。私は体だけは母が丈夫に生んでくれたけど頭脳の過大使用をして休養を与えなかったから精神病を発病したのでしょう。何事も中庸がいいです。ほどほどが一番いいのです。白夢は経験上皆さんに声を大にして言います。物事ほどほどの中庸が一番いいのですよ。そのころの白夢はまだ自分が分からなかったし、精神病が分からなかったし、真面目でしたし、体だけは丈夫だったので無理がきくと思って勉強していました。病気が徐々に回復して周りが見えるとみんなははつらつとしていました、一人で同期の中で勉強していたのは私だけで皆は対策書だけの勉強で楽をしていたのに唖然と白夢はしました。白夢はそのころ1人で突っ張っていたので同期に嫌われていました。世間知らずでした。集団の中で白夢一人が孤立していました。現在の白夢が過去を思い出せばいい思い出はありませんが、物事のやり方、相手が何を望んでいたか分かりますし、仕事がスムーズにいきます。やはり私は小さなころから統合失調気質があったのではと思います。
【編集後記】
歳をとるたびに、精神病にかかったから今の私があります。そして上司や同僚のサポートがあったから仕事の実績がモノや形になりました。その代わりに必要なこと以外、人と話をしなくなりました。それは病気と障碍が人と関わりすぎると幻聴や妄想が発現するので、静かな人に私はなりました。まるでロボットみたいです。論理だけで生きている孤独な人間です。それでも死別した妻がいたときはまだまだ規則正しい仕事をして、同僚と話していました。私にとって妻の喪失は私の人生にダメージがありました。妻は私のよき理解者でいろいろなことを教えてくれました。私の人生で一番安心できる家庭を作ってくれ私を教え諭して道を作ってくれました。妻が導いてくれた道をこれからも歩いて進んでいこうと思います。また50歳を前に妻と結婚できました。妻とは死別しましたが、妻の代わりに私が長生きします。仕事を続けていこうと思います。私に後方の仕事が自分に一番似合っています。縁の下の力持ち目立たず陰ひなたなく自分を律していて生きていきます。人生100年時代です私の病気統合失調症が、晩期寛解してくれればと淡い期待をもって生きていますが晩期増悪しています。薬も抗精神病薬は10年前の1.5倍服薬しています。これも運命なのかもしれません、私がこれまでに出した実績も病気と障碍を抱えてから出したものです。それが良かったのか悪かったのか、後進の人たちが評価するものです。私はもう66歳になろうとしています。どこまで気力が続くか分かりませんが頑張っていきます。