近年、高齢者や障碍者に対する虐待や嫌がらせなど、人権が侵害される事件が増えています。法務省の人権擁護機関では、このような被害を受けて困っている本人、あるいはこのような状況を見聞きした皆さんからの相談を受けてその救済を図っています。もしも、被害を受けたり見聞きしたりして困っていることがあったら、一人で悩まず相談をしてください。お近くのCIL(自立生活センター)でも相談することができます。CILでは様々な相談にのってくれます。権利擁護、制度相談等、様々な自立生活支援することができます。
ILP(自立生活プログラム)、ピア・カウンセリング等の手法で相談支援を行なっています。
障碍者に対する人権侵害は、周囲の人の障碍に対する理解不足が原因となっている場合があります。日本では、障碍のある人が700万人以上暮らしており、また、内閣府が平成19年度に行なった世論調査によれば、回答者の約7割が家族や学校、職場、地域などで、障碍者に接しています。そうした中で、障碍のある人もない人も、対等に生活し、活動できる社会にするため、社会全体でのノーマライゼーションが進められているところです。
しかし、現実には、障碍者に対する理解や配慮が不十分なために車椅子でのバスの乗車が拒否されたり、アパートへの入居を拒否されたりするといった、さまざまな人権問題が発生しています。また、知的障害のある人や障碍によって介助が必要な人などが、家庭や障碍者福祉施設などで虐待を受けることもあります。
私たちはだれでも、生まれながらにして「人が人として幸せに生きていくための権利」=「人権」をもっています。日本国憲法では、「自由権」「社会権」などを国民の基本的人権であると定め、第11条において、すべての人々の基本的人権を「侵すことのできない永久の権利」として保障しています。
しかし、現実には、この基本的人権は、しばしば踏みにじられてしまうことが少なくありません。特に虐待や嫌がらせなど人権侵害を受けやすいのは、女性や子供、高齢者、障碍者などです。
私は、「人は一人ひとりが自分の幸せを追求する権利があります。人が人である限り持っているものです。自分にとって、私が私であるために私らしい生活って何だろう。」と、ふと考えてみました。私は精神障碍者です。世間の人たちは、このカテゴリーの人に対して、当事者が社会復帰するとき必ず言う言葉があります。「何かあったとき、どうするんだ。誰が責任を取るんだ。」ということです。人が人である限り何かあることは、ままあります。マスコミは精神障碍者の起こした事件となると、優先順位を上げて、しゃかりきになり、テレビ、新聞、ラジオで流します。しかし、精神病の正しい情報についての特集など、皆無といってよいです。
私は、H15年11月に自立しました。これに際して決心したことがあります。「一つは、他人・家族に迷惑をかけないことです。一つは、自分ひとりで社会的に自立して、それを続けることです。一つは、周りがどんな差別や偏見を持っていても強く生きて我慢することです。一つは、CIL下関で長く勤めて、下関市だけでも障碍者が住みやすい街にしていき、障碍者のために何かできたらいいなと思いました。」自立に対する4つの決心の中で「我慢する」をあげましたが、自分もそうであるが自分の不都合な状況を変えていこうとはしないで我慢してしまいます。自分が障碍者団体に所属していて障碍者の権利擁護をしていかないといけない私が自分のこととなると、このような態度をとってしまいます。
障碍者が自分たちの権利を主張していかないと、社会はいっこうに変わっていかないです。障碍者の生活の差別・偏見・汚名などは、当事者にしかわからないです。この社会は健全者中心に回っています。しかし、彼等の中には聴く耳を持っている人はいます。私たち障碍者は自分たちの意見を自由に主張して、人間らしく生きていきたいですね。まさに、私が私であるための私らしい生活をするために・・・・
権利擁護をしていく上で大切なことがあります。それは、当事者が安心して話せるように対応していくことです。この人には何でも話せると、信頼される人でありたいです。もう一つは、権利擁護をする人の思い込みで仕事をするのではなく、クライアントはどうしたいのか、意見を聞くことです。クライアントがどのようにしたいのか、どういうふうにしたら納得するのか考えることです。また権利擁護に携わる我々CIL職員も鈍感にならず、常にアンテナを張って敏感であることだと思います。
【編集後記】
相談業務をしているとき、クライアントが安心できる対応などの配慮、環境を整えていくことは大切なことです。私は、精神障碍者の相談業務では、一度では終わらせないようにしています。
クライアントは初めての対面では、心を開いて話をしてくれることはめったにないので、私はひたすら傾聴をしています。障碍者は、いままで一人の人間として認めて自分の話を聞いてくれる機会や経験がなかったのか用心深く話をします。私は、話のメモもとらず、ピアカンの様に話の内容はそのまま水洗トイレのように流し忘れてしまいます。自分が相談業務で参考にするのはピアカンの手法を参考にすることが多いですね。また、自分がいやだと思う対応はクライアントにはしません。
私は、ピアカンの手法を相談業務でとりいれたのは、人の話は聞かずにアドバイスをしてしまうことが多いからです。クライアントの話を傾聴するのは辛いです。しかし、話の腰を折ってしまうことは、私がクライアントならば嫌です。それで、何度か相談を受けて時間を決めて傾聴しました。そうやって、相談を受けていくとクライアントが感情を出してきたので暫くまって、テンションバックをしました。心なしかクライアントがすっきりした顔をしていたので、感情の解放ができました。ピアカウンセラーとしていい体験をしました。
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