メンタルにゅーすVol.77

 

メンタルにゅーすヒエダ

 

健全者イズム

 

2011年  Vol.77

CIL(自立生活センター)下関発行

ピア・ハート下関 編集 SAM

Tel(083)-263-2687

FAX(083)-263-2688

E-mail  s-cil@feel.ocn.ne.jp

URL   http://members.jcom.home.ne.jp/s-cil/

 私は、長いこと病気を克服して健全者と同じように仕事をバリバリして生活しようと、暗中模索で必死に生きてきたつもりです。現実には、健全者と同じくらいの効率で仕事をこなすことすら出来ませんでした。私は心の中で、健全者を目指して競争をしていました。それだから、自分自身の心を追い詰めて疲弊して生きにくい生き方をしていたのだろうなと思います。

 私に出来る、私らしい生き方・私らしい仕事のこなし方を3年位前から色々考えていました。当然、仕事・生活で健全者と同じように生きることは出来ないかもしれません。しかし、当事者にしか出来ない仕事・生活の過ごし方はあります。当事者の相談業務、ピア・カウンセリング、ILP(自立生活プログラム)等、当事者にしか分からない当事者の気持ちなど考えて、私はこの下関で一生をかけて、ピアサポートをしていこうと思います。

 統合失調症の私には、残存した症状があります。それは、幻聴と妄想です。この二つの症状は以前より重度化してきています。以前は、日中に間欠的にこれらの症状がありました。今は、一日中(覚醒時)幻聴と妄想があります。私は被害妄想と私を非難する幻聴がありながら何とか仕事・生活を送っています。これらの症状とは症状として向かい合って対処しながら生きていこうと思います。昔、まだ私に病識がないときに幻聴と妄想に振り回されていた頃は大変でした。しかし、色々なことがありましたが、私は4月で52歳を迎えます。私は世界でたった一つの存在です。私と同じ精神病の経験は健全者の誰も体験できません。ですから、私の経験で同じ精神の当事者としてピアサポートをしていこうと思います。残存した症状に振り回されるのは、服薬を守らないときに対処できなくなるからです。つまり私は、完全寛解ではなくて、不完全寛解状態で残存症状がありながら対処して地域社会で生活しています。私の悪口を1日中言っている人がいるわけはないと自分では考えています。私もそうですが、他人の悪口を1日中話したりしませんので、これは間違いなく妄想と幻聴は病気のせいである。そう考えて、私は病気や障碍に対処して生活しています。

私は、病気や障碍と闘っているのではない、ただ単に向かい合っているのだと思います。闘えば負けるのは目に見えています。しかし、病気と障碍に向かい合うことはできるみたいです。心の中を柔軟にして生きることも私にはどうも必要なようです。心の中を張り詰めて・集中し続けるのではなく、適当に休憩を入れながらONOFFしてゆっくりと確実に前に向かって生きていければいいのだと思います。

 どうも話の内容が「健全者イズム」からずれてきましが、このまま続けます。私自身、まだ病気と障碍を受容しきれてないのだろうなと思います。精神障碍者には、自分が病気だと受容している人がどれだけいるのでしょうか。統合失調症は15歳から30歳にかけて発病する頻度が高い、誰もが罹患する病気です。100人に1人が罹患する病気ですが皆さんの中に健全者がいれば自分には関係ない病気とお思いでしょう。日本には、肝臓の疾患の人が72万人位で、統合失調症の人が130万人位です。それでも自分には考えられない縁のない病気と思いますか。

 統合失調症は病識のつきにくい症候群であるようです。病識が当事者に持てるように通院・服薬を長期に続ける必要があります。しかも、病者の殆どが、この統合失調症のことや関連する制度のことを知らないみたいです。まあ統合失調症も、中途障碍と考えれば中途障碍のようなものです。当事者として病気や薬・制度・病気や障碍の対処法等のことを知らない人が本当に多くいますね。ひたすら、努力して健全者に近づくことが障碍者の生きる道ではありません。

私は、3回目の退院を契機に下関の生活訓練施設援護寮ヒエダに入寮しました。自分の病気・制度などを勉強するようになりました。今まで自分は病気を認めず、統合失調症のことや制度のことを勉強しなかったことに後悔しました。しかし、入寮をきっかけに、病気のこと、制度等様々なことを本で勉強しました。最初に、私は健全者ではない病者なのだと受容しました。病気の症状を本と照合すると、私は間違いなく統合失調症と確信しました。私はそのとき、私の感じる幻聴と妄想は健全者には存在しないことが分かりました。それまで病気を受容してなかったので、様々な人にお世話になり、迷惑をかけたりしました。私は、ひたすら統合失調症ではないと否定してきました。病気を受容してきたら少し楽になり、病気と障害を持って生きていくことに少し自信が持てました。私にできる仕事を考えてハローワークで探していましたら、運よくCIL下関で精神の当事者職員の求人がありました。障害者団体と分かりましたので、障碍を持った私にもできる仕事があるのではないかと面接を受けて、採用となりました。後日、Kに何故私を採用したのか尋ねましたら、「SAMが面接した中で、障碍が一番重度で病気と障碍に対処しているからだよ。」と言っていました。Kは、「障碍は個性だ。」と考えているようで、私の抱える統合失調症をそのまま受け入れてくれましたので嬉しかったです。

以前、山陽小野田市に住んでいた時、何故仕事が続かないのかと主治医に聞くと、それは、病気と障碍のせいだといわれました。統合失調症と仕事に何の関係があって、仕事が続かないのか不思議でした。病気を勉強してそれが分かったのが、もう43歳を越えていました。下関の援護寮ヒエダに来て、私の新しい生き方が少しずつ分かってきました。私自身、自分が明らかに統合失調症であることが明白に受容できました。

私は統合失調症です。服薬と通院を守って生きていれば、病気と障碍に対処して何とか地域社会生活ができます。精神障碍に理解ある障碍者団体で障碍者の自立生活支援のピアサポートの仕事を今後も続けていきたいです。

【編集後記】

長いこと私は、統合失調症ではないと思い続けていました。しかし、私の生活は一向に好転しないで、右肩上がりの生活でなく、右肩下がりでした。42歳のとき3回目の退院で、下関の生活訓練施設援護寮ヒエダに、縁あって入寮しました。職員や同じ精神の仲間に支えられ、社会生活の再出発を始めました。楽しかったし非常に有意義な経験でした。本当に、そのときの職員や寮生の仲間たちには感謝の気持ちで一杯です。ただ、いずれは自立するのでそのために少し不安な気持ちがありました。平成14年の暮れに自立生活センター下関に就職して現在に至ります。以前より私は病気が重度化してきています。それでも、病気や障碍に対処しながら穏やかに静かに生活をしています。

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