私を小さなときから知っているのは、母か弟か妹です。友達もそんなにいなかったし、今は下関に移り住んで10年が経過しました。下関では「本来の私」を知っているのは、誰もいません。精神病に罹患したことで、様々な状態になったりしました。
「本来の私」は一体どんな人間なのだろう。私が唯一、分かっているのは下関に来て寛解期の精神状態が「本来の私」かもしれません。
そういえば、CIL(自立生活センター)下関に入社した頃、確か覚えている限りは、いまの私に一番近いかもしれません。静かで・大人しく・無口な人でした。その頃が今の私に良く似ています。自分でも、どれが私の「本来の私」なのか良く分かりません。しかし、精神的に落ち着いて社会生活をしている寛解期のいずれかが「本来の私」なのだろうと思います。躁鬱病の気もあるので、またまた判断に悩みます。
私は、小さな頃(3〜4歳)から、自分のことを鮮明に覚えています。外で遊ぶより家の中で本をよく読んでいました。友達は少なかったです。私は、長男なのだからしっかりして、将来は家を継ぐ人なのだからと、両親によく諭されていました。
私は統合失調症に罹患してから、どの状態が「本来の私」なのか分かりません。自分や周囲のことを冷静に・客観的に捉えている私が「本来の私」なのだろうと思います。しかし、私が不完全寛解状態だろうと私は私だからあまり考えすぎないように服薬を守りボチボチ生活していければいいなとも思います。
私が病気と障害を抱えることによって、良かったことというか悪かったことというか幻聴・妄想が残存していますので、これらの残存症状が私の振る舞い・物言いによって強く弱く発現します。それで、幻聴・妄想が強く発現しないように私自身「石橋を叩いて渡る」ようになりました。昼間の覚醒時に継続して幻聴と妄想がありますので、私自身の振る舞い・物言いにかなり気を遣いますので疲れます。自分の振る舞い・物言いの一つひとつなどで、幻聴・妄想の強さ・時間の長さが違います。今では、幻聴も妄想も私の頭の中で作られた偽の情報だと理解しているので、それらに振り回されることはありません。
もうひとつ、私が統合失調症なので社会的弱者の気持ちが分かるようになりました。女性・子供・高齢者・障碍者などの差別・偏見・汚名が当事者として実感します。私は、その中の精神障碍者ですので同じ仲間の気持ちが分かります。私は、差別が何故存在するのか考えてみたことがあります。差別は、比較対照する基準が必要です。とりあえず、自分自身を基準にしまして比較対照してしまいます。私は、差別される側の人間ですので、仲間の気持ちがわかります。人間は様々の差別の当事者になることで、その気持ちを強く理解することができます。また、例えばこんなことがありました。精神障害者同士で状態が重い軽いで差別していることの現場にたたされたことがあります。私は、ポリシーとして考えていることは、人を差別したり馬鹿にしたりする人は、いずれは自分も差別されたり馬鹿にされると思います。ですから、私はその当事者として差別したり馬鹿にしたりすることは勿論、人の悪口も言いません。そんなことは、いずれは、自分の身に降りかかるかもしれません。とりあえず、私は人を非難したり、噂話はしません。私は、幻聴と妄想がますますひどくなるので、そのようなことはしません。人を非難するときは本人がいるときに直接話します。人から人へ話が伝わっていくととんでもない非難や噂話になりますので、直接本人に対面して話します。また、私に対しての非難や噂話は、人を介して聞いた話は相手にしません。直接、非難・噂話を流した本人に聞きます。しかし、私は大概、彼らの話は相手にしません。「ふ―んそうなんですか。」位のコメントでそれ以上話をしません。
人と争ったり・噂話をしたり・非難したりすれば、自分の心の中にしまっておくか、紙に悪口を書いて破り捨てると気分が私的には落ち着きます。間違っても、ここだけの話だけどとか言って話さないことです。そんな、悪口は決まって話の信憑性がおかしくなって伝わりますので皆さんお互い言動には気をつけましょう。
CIL下関に入社してからの私のマイブームは、精神の当事者達に病気と障碍、それらの対処法、制度、生活のノウハウ等様々なことを自身で反芻します。そして、私なりに検討・推敲しましてまとめ上げたものを、メンタルにゅーすとして皆さんにお伝えしています。何故か、私はデータを取って考えることが・検討することが自分には合っていると思います。但し、仕事をする9〜17時の間だけのことで、自宅に帰ると怠け者になってボーっとしています。
【編集後記】
私は、今のCIL(自立生活センター)下関での仕事が私に似合っていると思います。
何故かというと、自分は、社会の役に立つ福祉の仕事と障碍者運動をしているからです。おまけに、私の勤務年数が健全なときの勤務年数の約5年よりCIL下関での9年と約2倍勤務しているからです。CIL下関に入社したとき、私は「仕事が長く続くだろうか?仕事ができるだろうか?」と不安でした。
私は、この9年間何とか上司や同僚、仕事にも慣れて皆によくしてもらいました。精神的にも落ち着いて仕事をし、対人関係も良好に取れてきました。同僚のPCに堪能な人達に教えてもらい、何とかメンタルにゅーすヒエダのホームページを立ち上げました。私は、精神の当事者や健全者たちに精神の病気と障碍、それらの対処法、制度、生活技術のノウハウ、当事者達の気持ち、どんなことを考えているのか等理解してもらいたいと思いました。私は、仕事をしながら、世間の当事者のニーズを取り入れながら、メンタルにゅーすを進化させてきました。どうか、当事者の皆さん、メンタルにゅーすを参考にして、皆様一人ひとりのQOLがあがって、オリジナルの人生の選択肢の一つになればと考えております。メンタルにゅーすはお役に立ちますよ。
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